「子供のころの貴乃花」は伝説上の生き物

『王様のブランチ』の「買い物の達人」に、バナナマンが揃って出ていた。

レギュラーが12本あって、それぞれ司会やひな壇やプレイヤーやら全部やってるのに、単独ライブのDVDの宣伝のためにブランチのロケにまで来ちゃうバナナマン。オールラウンダーにもほどがある全方位ぶりである。

ロケは設楽さんがボケ倒し日村さんが乗っかりと抜群の安定感で進み、所持金を増やすことができる「ボーナスチャンス」へ。有名人のジェスチャーを交互に行い、90秒以内に6問答えられたら2万円というルール。スカイダイビングをする郷ひろみ、竹馬をするローラ、スノボをする江頭2:50などを軽々と答えるなか、日村さんのお題に出たのが「跳び箱を飛ぶ貴乃花」。

もちろん『イロモネア』でお馴染みの鉄板ギャグ、「子供の頃の貴乃花」で応じる日村さん。「あのねぇ〜僕ねぇ〜」の顔はもはやモンスターであり、テレビの前のうちの子たちもキャッキャと笑っていた。でもふと気がついた。この子たち、貴乃花を知らないはず……。

知らない有名人のモノマネでも、動きや顔芸で笑ってしまうことがある。僕が子供のころ、その代表的な存在が「コロッケのちあきなおみ」だった。鼻の脇にほくろを付け、鼻の下を伸ばしながら「喝采」を口パクで歌うコロッケ。元ネタは全然知らないので、そういう人なのかと思いながらそのインパクトに笑っていた。岩崎宏美美川憲一もコロッケフィルターを通して入ってきた(本物は全然違うことは『テレビ探偵団』などで知った)

つまり、いま日村さんで笑っている子供たちにとって、貴乃花ちあきなおみなのだ。

もっと言うと、実物を見たことがないというレベルでは、子供の頃の貴乃花は「伝説の生き物」という扱いでいい。ユニコーンとかサラマンドラとかスキヤポデスとか、そんな怪物たちと同じライン上にいる。ファンタジーRPGの敵キャラとして「あのねぇ〜僕ねぇ〜」というボイスと共にエンカウントしちゃう。元横綱だからめっちゃ強い。

そんな子供の頃の貴乃花をやりきる日村さんも、見た目は伝説の生き物っぽいですけども。

 

bananaman live 腹黒の生意気 [DVD]

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「ライトブルー」時を駆け抜ける少女たち

何度も観ちゃう。江本祐介「ライトブルー」のMV。

文化祭までの7日間を、学校全体を使ってワンカット撮影。出演は福島県立いわき総合高等学校 総合科 芸術・表現系列(演劇)第13期生たち20名ほか。キラキラリア充文化祭じゃなくて、普通の高校生の普通の文化祭のキラキラが眩しくていいないいなーって何度も観ちゃう。

 

中心となる人物があちこちに移動してカメラが追いかけるワンカットもののMVって、張り巡らされた仕掛けや練習の成果にすごい!となるのけど、実は意外と移動する必然性がない。仕掛けのために移動している感じ。次はこっちです!と誰かに導かれているイメージ。

 

「ライトブルー」MVは、移動することによって「時間の経過」を同時に表してることにグッとくる。教室の黒板の「あと7日」に始まって、女子高生たちが校内を駆け巡ると男子のTシャツや漫画のコマなどあちこちで「あと6日」「あと5日」と文化祭までのカウントダウンが進む。

 

特にググーッときたのが階段。3階から1階分降りるたびに1日進むのだけど、学校の階段付近ってどの階も見た目は同じだから、「同じ場所で時間が経過」したように見える。階段を降りるたび、どんどん派手になる飾り付けに文化祭を待つ気分が高まって、1階に到着すると遂に「あと0日」になる。ググーッ!

 

カメラは教室や階段を駆け抜ける女子高生を追う。彼女たちが通り過ぎるたびに時が経つ。3次元の世界に現れた4次元の存在。ラスト、何も飾り付けがない校庭でのダンスには後夜祭の寂しさがあり、最後にカメラはライトブルーの空にパン。はー、いいなー。もう一回見よう。

 

 

投げっぱなしのほうが印象に残る

 

西側にあったホームは撤去され、花壇に花が植えられている

 

耳に心地良い57577のリズム。ホームと花壇の情景に想像が膨らむ短歌。

しかしこれ、実は三方駅 - Wikipediaの中にある記述なのだ。実際はこうなってる。

敦賀方面に向かって右側に単式ホーム1面1線を有する地上駅(停留所)。かつて西側にあったホームは撤去され、花壇に花が植えられている。改札口は東側のみである。西側から見ると盛土の上に線路があるが、駅横の地下歩道で往来できるようになっている。

一見、普通のWikipediaの記載のなかに実は短歌が隠れている。これをプログラムで見つけ出し、「偶然短歌」と名付けてTwitterでbotとして稼働していたのが一冊の本になった。2016年8月に刊行された『偶然短歌』である。

 

偶然短歌

偶然短歌

 

 

右ページに偶然短歌、左ページにせきしろさんのコメントが記されている構成。たまたま57577になっている箇所を無作為に取り出したのに、綺麗な文章になっていることがあって驚く。竜兵を中心とする飲み仲間「竜兵会」の一員である有吉弘行 - Wikipedia)とか、バック宙、高台からのバック宙、壁宙などを披露しており東山紀之 - Wikipedia)とか。

しかしそこは無作為抽出、逆に深い余韻を残すものもある。余韻っていうと聞こえがいいけど、平たくいうと投げっぱなし。例えばこんなの。

 

悪役を屋根から放り投げるため、悪役が言う台詞は当時 新克利 - Wikipedia

こういった夜間海面近くまで浮上してくる生物もまた海底 - Wikipedia

モニュメント、展望公園、西側に武蔵野の森、大きな広場 府中の森公園 - Wikipedia

 

でも、この「投げっぱなし」のほうが印象に残るのだ。「当時」なんなんだとか、「生物もまた」なんだんだとか、この場所は一体なんなんだとか、想像がする幅がかえって広いのだ。

この「未完成ゆえに想像しがいがある」「解釈の幅が残っている」というのは、本来その文字数で表現しきれないことを読み手が補完して世界を作るわけで、短い文章で表現する場面ではすごい大切なことだと思う。17音の俳句、31音の短歌、大喜利なんかもそう。限られた文字数で世界を閉ざさず、読み手の想像力に乗せて飛ばせたらぐーんと世界が広がる。

なんてことを、そうとは一切考えてないプログラムが抽出した短歌で考えさせられてしまうのだった。

そうそう、投げっぱなしでなくて、きれいに余韻が決まってるのもあるんですよ。

 

照らされて雨露が輝く半分のクモの巣だけが残されていたくもとちゅうりっぷ - Wikipedia

 

アンコントローラブルなる偶然に身を任せるのも悪くないよね。

 

偶然短歌

偶然短歌

 

 

勉強ができる、すごい。それでいいじゃないですか。

数学教師に挑発されたことがある。

中学の頃、クラスで一番成績がよかった。だからなのかそうじゃないのか、その数学教師からはちょいちょい目をつけられていた。彼女は全体的に皮肉屋で、口は悪いけど本当はいい人、というキャラになりたいようだったが、口の悪さのウェイトが群を抜いており、その狙いは成功しているとは言いがたかった。

ある日のこと。図形の角度を求める問題が黒板に書かれ、僕とは別の男子が指名されて前に出た。彼も成績優秀なグループにいたが、答えはわからず黒板の前で立ち往生していた。僕は一番前の席で彼が苦しむのを見ながら、自分も答えがわからず考えていた。補助線を引いてもはっきり求められない。どう解くんだあれ。

しかし、彼女は僕が「黒板の前で立ち往生している人を見て見ぬ振りしているヤツ」ととらえた。横目で僕を見ながら「あ~あ~、わからなくて困っている人がいるなぁ~」「誰かに助けてもらえたらなぁ~」「見捨てるなんてひどいなぁ~」と、クラス全員の前でチクチク攻めた。

チクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチク

「ぅっせーな!!!じゃぁやるよ!!!」

後にも先にも教師に切れたのはこの時だけのはずだ。生徒に嫌われていた数学教師に、勉強できるやつがキレた。突然起きた事件にクラスは盛り上がった。彼女を睨みながら黒板の前に出て、困っている彼と交代した。

わからなかった。

全然わからない。わからない。あれだけ啖呵を切ったのに、結局黒板の前で立ち往生するしかない。クラスメイトから「わかんないのかよ~」「かっこわる~」という声が飛ぶ。教師はニヤニヤしながら何も言わずに見ている。地獄だった。情けなくて仕方なかった。消えて無くなりたかった。挑発に乗るなんて本当に愚かなことをした。席に戻るよう言われ退散し、解説を聞いた。その内容はあまり納得のいくものではなかった。

下校後、家で必死に証明を考えた。後日、次の数学の授業のときに申し出て黒板に証明を板書した。それは教師が観念的に説明した内容よりも長大なものになった。自分以外にとってはどうでもよい内容だったはずだ。でも書かずにはいられなかった。わからないのにわかるはずと決めつけられたのなら、わかること証明しないと先に進めなかった。あの理不尽さ、悔しさは今でも忘れない。

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ちゃんとした感想を書きたいなぁと思いながら年末になってしまった。前川ヤスタカさんの『勉強できる子 卑屈化社会』。

勉強できる子 卑屈化社会

勉強できる子 卑屈化社会

 

中学高校と、いちおうその、「勉強できる子」だったので、序盤に並べられている「勉強できる子あるある」は本当に首をガクガクさせてうなずくばかりだった。運動できる子は胸をはって自慢できるのに、勉強できる子は自慢すると叩かれる。なぜか勉強できてすみません的なポジションにならざるをえないのだ。さっき無意識で「いちおうその」って入れてしまったけど、このちょっと自分を卑下する感じがまさにそれじゃないか。うっかり書いちゃってた。

勉強できても女子にモテるわけじゃないし、先生に好かれるとも限らない。あげく「勉強だけできてもろくな大人になれない」とか言われるし、テレビではガリ勉は損な役回りばかりで、元ヤンの方が持ち上げられたりする。「変人」とか「紙一重」とか言われる。なんなのだ。なにも迷惑かけてないのに。

と、強い怒りをもって運動できる子などを糾弾する……という本ではないのが白眉。後半に筆を割かれているのは「共存」だ。

勉強できることがうしろめたくなるのはなぜなのか。その背景を探り、メディアが描くネガティブな勉強できる子イメージを浮かばせる。その上で、勉強できる子の立ち回り方を振り返り、処世術を提案する。スポーツできる子に対してマウンティングをするわけじゃない。周りの大人たちもメディアも、スポーツできる子も勉強できる子も平等に褒めればいいじゃないかと主張する。

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スポーツができる。すごい。
絵が上手。すごい。
歌がうまい。すごい。
かわいい。すごい。
おしゃれ。すごい。
勉強できる。すごい。
それでいいじゃないですか。
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自分に無いものを持っている人を褒める。すごいなぁと思う。ただそれだけの話なのだ。

かつて勉強ができた大人たちも、できなかった大人たちも読んでほしいし、いま勉強できることで孤立している子供にも伝えたい。あと、大人たちの挑発には乗らないほうがいいことも。

 

勉強できる子 卑屈化社会

勉強できる子 卑屈化社会

 

 

『ハナタカ!』がきっかけで空になった投票箱を見た

7月10日。参議院選挙の投票日。早朝6時半に投票所の前に並んでいた。眠い。

きっかけは1週間前。7月3日放送の『くりぃむしちゅーのハナタカ!優越館』テレビ朝日系列 毎週日曜18:57~)だった。いわゆるトリビア系の番組で、事前にアンケートをとり「日本人の3割しか知らないこと」だけを紹介している。さすが3割だけあって、けっこう「へー」率が高い。あと、VTRに出てくる役者の人がなんか素人っぽい。『ど~なってるの!?』の再現VTRを思い出す素人感がある。

普段、日曜夜は鉄腕DASH!→世界の果てまでイッテQ!の、日テレ王道パターンを観ているのだけど、なぜか息子5歳が『ハナタカ!』の予告スポットを見て「これ録画して!」と頼んできたのだった。息子5歳は年齢の割にテレビの趣味が渋い。旅番組が好きで『もしもツアーズ』の録画を頼まれることもある。美味しそうな食事と豪華なホテルが好きなのだそうで、最近までは『極上!旅のススメ』も観ていたのだけど、この4月から芸能人ゆかりの地を訪ねるようになって興味が無くなってしまった。この前は『ガッテン!』の糖質制限特集まで観ていた。あいつテレビに関しては僕と同じかそれ以上なんではないか。

で、その日の『ハナタカ!』は選挙のハナタカを紹介していた。その中の一つが「投票所に一番最初に投票に行くと、投票箱の中を見ることができる」というもの。

投票開始時点で本当に投票箱が空かどうか。不正防止のため、選挙管理委員会だけでなく投票に一番最初に来た人も一緒になって、投票箱の中身を改めることになっている。

これを見た子供たち「行きたい!」と言う。投票箱が空か確かめたいと言う。電波少年風に言うなら「投票箱が空かどうか、確かめ、たい~!」な感じで言う。

一番になんて行ったことが無い。日曜の朝である。投票開始は朝の7時から。近所のお年寄りとかすごい早起きして並んでるんじゃないか。いつ行ったら勝てるんだ。6時か。5時か。そんなに?

「朝早いからヤダ」「めんどくさい」「自分が投票するときになったら並んだら」など断ってもいい。でも、ここは乗った。おもしろそうじゃないか。テレビで得た知識を実際に現地で確かめようというのである。自分の目で確かめるのは大事だ。パパもアザラシのタマちゃんが多摩川に来た時は観に行ったことがあるぞ。タマちゃんはいないし人は多いし便乗している売店はあるし、全然目的は達成できなかったけど、その現場の空気を吸ったのはやはり思い出に残る。投票箱の思い出を残してやろうではないか。なんだ早起きくらい。5時か?6時か?いややっぱり早くないか。

あまり早く行きすぎても、ただ並んでるだけでは子供は退屈してしまうので、6時半到着に設定。土曜夜になって娘9歳は「どっちでもいい……」と言い出すが、いいから行くんだ。

そして当日。7月10日日曜日。朝の6時半。投票所には誰も並んでいなかった。おぉ、一番だ。7時5分前くらいになって2番目3番目の人が現れる。投票箱目当てで並んでいるのはうちの家族だけのよう。気合を入れすぎた。待ちくたびれた息子5歳はパパのスマホで「妖怪ウオッチぷにぷに」を初めている。

7時。投票所がオープン。受け付けを済ませると、「一番の方には投票箱の中を見てもらうので……」と係の人。見ます見ます。子供たちもかぶりつきで投票箱を見る。パカっとオープンした投票箱は確かに空。「いいですか?」との声にうなずく。蓋を閉めてガチャリと南京錠をかけるところで子供たちは「おぉ~」と歓声をあげた。このあと3つ数えて再び投票箱を開けたら美女が出てくるのではないか。そんなマジックが起きそうだった。

選挙区、比例区と2つの投票箱が空になってることを確かめ、投票を済ませる。「見たね!」「見たね!」と大人も子供も興奮して投票所を後にした。早起きしてよかった。ええもん見た。でもどうしても眠くて大人は二度寝した。

その日の夜。『鉄腕DASH!』では、ダッシュ島でTOKIOが投石器を作っていた。国民が一票を投じたその夜に、TOKIOは2kgの石を50m先に投じていた。子供たちが「これやりたい!」って言ったらどうしよう、やっぱりやらせたほうがいいのかな……と心配してしまった。